「詩人」(大佛次郎)

非情なテロリストで感情豊かな詩人・カリャアエフ

「詩人」(大佛次郎)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

「ちいさい子供たちを、
…誰が殺せますか?」
暗殺対象者が家族を
同席させていたことで、
カリャアエフは
爆裂弾の使用を見合わせる。
首謀者・サビンコフは
計画の延期を思案するが、
カリャアエフは再度一人で
実行する決意を固める…。

帝政ロシア末期を舞台とした、
テロリストの「誇り」「孤独」「悲しみ」を
描いた大佛次郎の傑作短篇です。
テロを美化していると
捉えられかねない内容であり、
現代ではこのような作品の発表は
難しいのでしょうが、本短篇は
1933年(昭和8年)の作品であり、
当時はルポルタージュ的作品として
受け止められていたのでしょう。
主要な登場人物たちは実在であり、
史実をもとに書かれてあるのです。

首謀者・ボリス・サヴィンコフ。
当時のロシアの社会革命党戦闘団の
指導者の一人であり、
複数名の要人の暗殺に
関与した人物です。
革命運動に携わる一方で、
小説家としても活躍します。
B.ロープシンのペンネームで
革命家達の内面を描いた
種々の作品を残しています。

被暗殺者・
セルゲイ・アレクサンドロヴィチ。
当時のロシア皇帝
アレクサンドル3世の弟で、
モスクワ総督に
就任していた大人物です。
1905年2月17日、馬車で外出中、
テロリストのイヴァン・カリャアエフが
投げつけた爆弾により
殺害されたとの記録が残っています。

暗殺者・イヴァン・カリャアエフ。
実際に友人たちから
「詩人」という渾名で呼ばれ、
いくつかの詩を著したようです。
彼の処刑後、社会革命党は
彼の詩集を出版したとのことでした。

作者・大佛は、
こうした事実を最大限生かし、
そこにカリャアエフの心象風景を
織り込んでいったのでしょう。

こうして事実を確認していくと、
この当時の「テロリズム」が
現代のそれとは
異なっていることに気づかされます。
決して無差別殺人ではないのです。
無関係の人間を極力巻き込まず
(それは生死だけではなく)、
取り除くべき政府要人をピンポイントで
狙い撃つというものなのです。
もちろん「殺人」であり
「非道」な行為であることは
間違いありません。
しかし現代とは違い、戦争が
日常的にどこかで起きていた当時は、
政権奪取の一つの手段として
見なされていたのかもしれません。

そうした事実は事実として、本作品は
非情なテロリストでありながらも
感情豊かな詩人でもある
カリャエフの矛盾した内面が、
立体感を持って
読み手に切々と迫ってきます。
むしろそうした
大佛の描き足したものを、
素直に受け取って噛み締めることが、
本作品の
正しい味わい方といえましょう。

本作品だけを読めば
ハードボイルド作家かと
勘違いしそうですが、
部類の猫好きの一面が現れた
「猫のいる日々」、
敗戦後の日本人の生き方を示唆した
「冬の紳士」、
痛快時代小説「鞍馬天狗」など、
大佛次郎は多面的に活躍した作家です。
今後じっくりと味わいたいと思います。

(2021.11.27)

Fajrul FalahによるPixabayからの画像
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